まゆびらき日記

虚実ないまぜの日記と小説。

20240804 夏の散歩と犬猫の記憶

真夏といえども夕方になれば随分と涼しい。7月の方が湿度が高かったせいか朝から晩まで暑かったように感じる。空気が薄青く染まる中をぽたぽたと歩いた。とにかくなんでもいいからクリームが食べたくてコンビニに向かっていたのだがいつのまにか老猫氏と共に通った病院への道を歩いている。

 

夏に来て夏に去った老猫氏のことを最近よく思い出す。少しずつ、細部を忘れつつある。たくさん動画や写真を撮っておいたからまだ思い出すためのきっかけはあるのだけど。たった1年弱の出来事だから、いつか完全に忘れてしまうのではと恐ろしい。

 

母は都合の悪いことを忘れるタイプの女で、私たちが小さい頃飼っていた雑種の犬のことを綺麗に記憶から抹消している。正しい飼い方をしてやらなかったあの子は真っ白な雪の上に血を溢して死んでいた。何らかの病気だったのだと思う。父が庭に穴を掘って死骸を埋めた。その後何年かして血統書つきの犬を飼った。母は我が子のようにその子を生涯可愛がった。室内飼いで、前の犬のようなかわいそうな飼い方はしなかった。ある時、前の犬の名前をど忘れして、なんていったっけ、あの子、と聞いたら母は外飼いの犬なんて飼っていなかったと言った。驚きつつも私の記憶がヘンになっているのかと疑ったが、小学生の夏休みにたまにあの子を散歩させたことも、散歩の後にしばらく玄関の前の山茶花の木に繋いでいたのを2階から眺めたことも、晩年にあまり構ってやれなかったことへの悔恨もありありと思い出せたから、多分母の方が間違っている。私の性的指向を否定した母の中では、もしかしたらカミングアウトのことすらなかったことになっているかもしれない。

 

動物病院に近づき、通り過ぎる間中、ずっと、何故わたしはキャリーを持ってなくて、何故その中に老猫氏がいないんだろうと思っていた。寂しい。またあのクリーム色の毛を撫でたい。

 

忘れることは時に癒しになる。でも、私は、あの子のことを忘れたくない。忘れても、何度でも思い出したい。だから、猫ブログも始めた。

 

寂しさを持て余しながらも、甘いものを買って、変に寄り道せず同じ道を辿って帰った。涼しいと思っていたけれど家に着く頃にはすっかり汗をかいていた。買ってきたクリームを食べて、風呂に入った。

 

今日はそんな日曜日だった。